Kiyomi Okita​ Photography

​風景に聞く(仮)

 

 

HAMA-TON-BETSU というところ

日本最北の稚内から95kmほどオホーツク海に沿って南下したところに浜頓別という町がある。町にはラムサール条約に指定されたクッチャロ湖があり、珠文岳のふもとには明治・昭和に砂金でにぎわったウソタンナイがある。


人口は4千人弱。町外からの公共交通手段は「宗谷バス」。昭和の終わりごろまであった「天北線」と「興浜北線」を知る人は30代後半の年代層が最後くらいだろうか。
町は漁業、酪農の町。鮭、毛蟹、ウニ、ホタテ。最近は温暖化の影響かブリも見られる。温暖化といえば、冬の時期に来る流氷があまり接岸しなくなったようだ。小学生の頃、スキー授業で豊牛スキー場へ行ったとき、腰に引っ掛けるタイプのリフトを降りて海側へ振り返ったときに見た、流氷で覆い尽くされた真っ白な海の光景が今でも忘れられない。もう一度その光景を同じ場所から見たいと思うが難しいだろう。豊牛スキー場も既に営業しておらず自然に帰ろうとしている。


去年辺りから浜頓別に興味を持ち始めた。きっかけは、偶然見つけた昭和40年代に書かれた論文のなかで、「浜頓別オントキタイ」という記載を見つけたことだった。「オントキタイ」という地名を聞いたことがない。論文に掲載されているオントキタイを示す地図とオントキタイに関する記載から、ベニヤ原生花園の奥のようだ。使われなくなった地名、忘れ去られていく地名が身近にあることをこのとき初めて実感した。

 

自然な風景が広がっていると思っていた場所も、人の生活があり往来があった。文献に書かれたわずかな記載が当時の生活・歴史の移りかわりを想像させてくれる。


漠然と歴史を内包した風景(空間)。あいまいでも、実際に見えなくても存在していた歴史。

その場を訪れる。訪れることも知ることの1つの方法でいいのだと思う。

今のところ、それが唯一自分にとって歴史があったことを忘れずに留めておく方法。

幕末から昭和初期の地図や文献に記載されている地名を頼りにその場所へ行って写真を撮る。

過去から繋がる風景を見ることで、当時の人たちが見ていた風景、時間を想像する。

そして自分はどこに位置しているのか。

参考にしている郷土をまとめた資料の中に、「温故知新」という言葉を見つけた。

2016年春から撮影開始。

August 22, 2016

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